|
第一編 『道』とは何でしょうか?
第二編 道の宗旨
第三編 道の神明
第四編 得道したらどのような良い点がありますか
第五編 天命明師
第六編 三宝心法
第七編 いかに道を勉強し修めるか
第八編 道義の疑問と回答
第一編 『道』とは何でしょうか?
皆さんが得道する前に引師(あなたを佛堂に導いた人)は、道についていろいろと説明した事と思いますが、果たして全て理解できたでしょうか。
その時は、ただ何となく良い教えだと感じただけかも知れませんね。
本来この道は、形には直接現れない真理ですから、簡単な説明で理解できないのは、当然かもしれません。ただ文字の意味だけを言葉で伝えても、理解する事は難しいでしょう。しかし言葉で説明しない限り伝わらないのも事実です。ここでは、以下のポイントにおいて簡単にまとめました。
@文字の意味
『道』は『理』と同義語です。天においては天理、地においては地理、物事においては道理、家庭においては倫理、そして人においては性理がそれぞれあります。つまり『道』は万事・万物を主宰し、大自然の運行をつかさどっている事を意味します。
『道』は『路』と同義語です。人々が真理に向かって歩むための路です。人生において守るべきルールで、天に通じている路です。この路は聖人が伝えてきた「性理心法」であり、佛が伝えてきた「本体」であり、師が伝えてきた「本心」であります。聖賢仙佛に成るための唯一の道です。
A道のはたらき
道教の祖である老子様がおっしゃいました「大道は形が無くても天地を生み養っている。大道は感情を持たず太陽や月を運行させる。大道は名前を持たないが万物を育てる。」
天地創造以前より道は既にあり、天地の生成前にその体形を造り上げ、生成後には全てを発展させています。『道』の偉大さは言葉で表すことは難しいですが、あえて形として表せば円のようなものです。円が動けば一が生じ一が縮まれば点となります。また点を伸ばせば一と成ります。すなわち円と一と点は動静伸縮のすがたであって変化は極まりがありません。一切のものが宇宙に充満して一となり、これを巻いて固めると点になります。つまりその偉大なことは際限がなく、小さい事は極まりがありません。
そしてそれが天にあるものを『理』と称し、人にあるものを『性』と言います。今日明師の一指によって得られた一点は、すなわち『性理』を指します。これを悟るものは神や聖人となり、天道に於ける多くの前賢は死後、霊性が天に帰った後、佛の座が上天より授けられます。これは天道の証です。
B道と人との関係
道とは人類の命の源であります。
儒教の四書のひとつ中庸に曰く「道というのは片時も離れる事のできないものである。離れる事のできるものは道ではない。」人がもしも道から外れた事をすれば、社会的には法律の制裁を受け、死後は陰府(地獄)で閻魔大王の制裁を受けて輪廻に落ち、四生(胎生、卵生、湿生、化生)六道(気天道、人間道、地獄道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道)の間を転々として生まれ変わり、休む暇もなく、苦海の苦しみを受ける事極まりがありません。
儒教の祖である 孔子様がおっしゃいました「君子は死ぬまで全道を守る。君子は道を憂うるが貧しさを気にしない。君子は道を楽しむ。」弟子の曽子は道を得てより、畏れ謹んでそれを守り、日に三度反省して確認しました。これらの例を見ると、道と人との密接な関係がわかります。
このページのTOPへ
第二編 道の宗旨(しゅうし)
天地を畏(おそ)れ敬い、神を祭り、国を愛し、仕事に真心を込めてする。篤実(とくじつ)な性格で、礼儀を尊び重んじ、父母によく仕える。師尊を重んじ、朋友を信じ慈しみ、近隣と和合し、悪を改め善に向かう。五倫八徳(ごりんはっとく)*1を講究し、明らかにし、五教聖人*2の奥義を開き表し、四維綱常(しいこうじょう)*3の古礼に謹み従い、心の汚れを洗い清め、憂いを洗い流し、仮(かり)の肉体を借りて真の霊性を修める。自然の本性に回復し、良知良能の至善を啓発する。己が立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。世界を挽回して太平な社会と為し、人心を教化して善良に為し、世界が大同と成る事を請い願う。
誰でも生きている間、霊性と肉体を共に養い、正しい人になる事を望み、死んだ後は、神佛として成就する事を望みます。そのためには先ず自ら自覚し、他人を悟す事で輪廻から外れる事によって、本来の故郷へ戻れます。
このページのTOPへ
第三編 道の神明
道徳教に曰く「全てが混沌とした中に先ず天と地ができた。とても荒涼としたその世界は変わる事なく、且つ留まる事なく循環している。それは全ての母とも言える。我々は、その名を知らないが、あえて道と言う。」
この言葉からも分かるように、天地の形成する以前から『道』は存在し、天地を生んだ『道』は万物の真の主宰です。『道』は抽象的で謎めいているので、私たちは『道』の本体を『老中様』(ラウム様:宇宙万物の母の象徴)と呼んでいます。
『老中様』は無形無象ですが、これ以上ない真理の代表です。つまり天地の育成、月日の運用、万物の養成の源であります。『中』と『母』は中国語の発音及び意味も同じで、字の形も『母』の古文字『 』に似ています。つまり『中』は霊性の母を意味し、万物の根源で『無生老中』『無極老中』とも呼ばれます。佛堂の神位のフルネームは、次の通りです。
『明明上帝無量清虚至聖三界十方萬霊真宰』略して『老中』『老中娘』と呼ばれています。
また儒教では『明明上帝』道教では『無極始祖玄玄上人』佛教では『大日如来』キリスト教では『上帝・天主・真神』回教では『アラー』と、五大宗教ではそれぞれ呼び名が違いますが、皆宇宙万物の創造主を指しています。
私たち人類は、お互いが同胞であって、一つのものから生まれてきたと言われる事は、なんだか不思議に思うかもしれません。しかし私たちの霊性は『老中様』から生まれ、天から降りてきた事を理解すれば同胞と呼ばれる意味が分かります。
昔の聖人曰く「世界は皆兄弟」これは霊性が天より来た事を意味し、尚かつ『老中様』が生んだもので『老中様』の子供である事を意味します。中庸では「
|